奇跡の指を持つ男

MAINS D'OR=マンドール
フランス語で黄金の手と呼ばれた男がいた。

全面のドイツの軍人はヒムラーというヒットラーの右腕で彼
の命令で全ての虐殺が容認されたのだった。厳格さはまる
で乃木大将のような彼は厳しい学校の先生だった。
彼は忠実なヒットラーの信奉者であった。最後はヒットラー
の脳梅毒をひた隠し、それまでの所行の恐ろしさに自殺す
るしかなかった人生を送ったのだった。

其のヒムラーは大変な胃痙攣の持ち主であった。
当時の最高の医者でも治せなかった、彼の胃痙攣は神経
性でもあったようだ。
そこで呼び出されたのが当時北ヨーロッパ一帯で有名にな
っていた、手療術師であった、フェリクス・ケルステイン氏で
あった。
ヒムラーに呼び出され、神技とも言える技で彼の胃痙攣を
鎮めると、ヒムラーはケルステインを手放すことが出来なく
なってしまったのだった。

その技術はチベットの老人僧から伝授され、そのチベット人
は彼に伝授するとそれが使命であったと言ってチベットに戻
ってしまい死んでしまうと言う出会いが在ったのだ。
私のテアテマンドールも坂井しず先生が満州のお寺=ラマ寺院で体得されて私一人に
伝授して他界されているので、人ごとには思えなかった。

そんな事態を連合軍が見逃すはずはなく、ケルステインと
密かに接触、ユダヤ人解放を報酬として受け取ることを頼
んだのだった。ついにはオランダ侵攻を食い止め、ユダヤ
人のガス室行きを列車ごと報酬として受け取り、ヒムラーの
秘書がこれを助けるという、内部からの助力も手伝って多く
の人命を救ったのであった。
その秘書はケルステインの助命嘆願にもかかわらず連合軍
によって処刑されてしまった。ひどいがきっと天国に昇った
であろう。

先の写真のヒムラーの後ろに立っている太ったにこやかな
男性がそのケルステイン氏なのである。

日本でも相当以前に紹介されたことがある。
フランスでは教科書にも載るほどの作家のジョゼフ・ケッセ
ルが直接ケルステイン氏に施術してもらい、直接取材して
書き上げた名著を品田さんが翻訳しているのだ。
「奇跡の指を持つ男」
昭和37年4月5日新潮社刊。品田一良訳¥320
これが本の題名である。絶版になり入手はかなり難しい。
現在一冊をこれから有名な映画監督に育つであろうアメリ
カ在住の島田さんが保管している。
勿論フランス語版もあるのだがこれもかなり入手が難しい、
数年前にフランス人と結婚している太った日本人女性が読
みたいというので貸したがそのまま行方が知れなくなってし
まった。残念である。高価であったが値段よりもパリでも入
手できないと言う方が残念である。
ひどいよ。でも今回パリで林会長に贈呈を受けました。06年06月06日のことです。

 そのケルステイン氏に夫が治してもらったというご婦人に
テアテをパリでしたことがあった。
そのゆかりの地がパリにあるマンドール横町である。
いまはその名前の劇場が近くにあり、この事実を伝えるレス
トランが残っているだけである。
テアテマンドール協会の名前の由来もここから来ているの
である。
本日数年がかりで見つけた一冊が届き、不思議なことに本
日06年5月15日パリのテアテマンドール協会会長の林章
さんから写真のコピーが届いたのだった。ざらついたものだ
ったがコンピューター画像処理のおかげでかなりハッキリ見
えるのが嬉しくてこのページを上梓しました。

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